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荒川静香フレンズ+ ゲスト:本田武史(後編)の覚え書き ~ソルトレイクのアランフェス~

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昨日の夜、本田武史先生の荒川静香さんとのトーク番組「フレンズ+」が放送されたので、覚え書きです。
ソルトレイクのお話が出てくるだろうな、と思っていたのですが、やはり出てきました!
オリンピックの時のコーチの役割についてもお話されています。
以下、気になったところを箇条書きです。
・開口一番「大輔か。。。大変だったな。。。」   お察しします。。。
・大輔は感覚の選手、本当に繊細。日によって違う。その時の気分で調子が変わるから、結構大変だった。
・テケシ先生はパワージャンパーだそう。 調子が悪くてもなんとかパワーでもっていく。
・大ちゃんは練習ではあんまり四回転は降りてなかった、あれでよく本番で降りたなということがよくあった。
・一番思い出に残っている演技は、オリンピックのアランフェスが一番思い出に残っている。滑っていて凄く気持ちが良かった。
メダルを取りたい、という気持ちより、アランフェスを完成させたい、という気持ちが強かった。
・ショートが終わって、2位になり、もしかしたらメダルをとれるんじゃないかと期待が一気に高まった。自分より、周りの方が凄くて選手村でもまわりがそわそわしだしたので、選手村にはいないようにしていた。
・コーチのダグ・リーは、過去にオーサーがオリンピックでメダルをとっていた経験があったので、緊張している時に絶妙な一言で救ってくれた。
・メダルを考えすぎていた時に、違うことを言って、気持ちをそらしてくれた。サブリンクに行く前に、自分が緊張している目をしていたらしく、その時に言ってくれた一言、「ご飯食べたか?」で「ああ、そういえば食べていない。」で我に返った。
・イーグルを滑っていた時に、音が無になって、アランフェスの曲だけしか聞こえなくなった。ああ、こういうことか、と思った。←ゾーン?
・アランフェスはソルトレイクで終わりたい、と思った。引退する前に、ちゃんとトレーニングしてからまた滑りたい。
・ ジュニアの試合でロシアに二年前に行った時、あのプログラムは良かったねと言われ、10年くらい前のプログラムなのにと凄く嬉しかった。
・アランフェスの衣装は、バトルのお母さんにつくってもらったとw
・ソルトレイクは、ゲーブルは4回転を3回とんでくるし、ヤグディンは凄かった。プルシェンコは見たことない構成をしてきた、怒りのカルメンだった
・フィギュアスケートはメンタルのスポーツ。
・雑誌、「氷上の貴公子」がでてきたw長野オリンピックの頃。
・長野オリンピックはあっという間に終わった。
 ↑そうか、長野オリンピック出場選手は、東北高校のスケーターばかりだったんだ!
・長野オリンピックでの経験から、一人でいるのは良くないとわかった。選手村に入った方が緊張感がまぎれることがわかった。
海外に出ても、日本人だというだけで相手にされなかったり、点数が伸びなかったりした。あの経験があるから、今の子たちに伝えられるものがある。
注目したのが、恩師ダグ・リーさんの、オリンピック時の選手への接し方です。
確か、オーサーコーチが何かのインタビューで、自分のコーチングはコーチであったダグ・リーコーチの影響が大きいと語っていたのですが、大きな試合時の選手への接し方が、今のオーサーコーチを彷彿とさせるものがあります。
緊張にとらわれないように、普段通りに接すること、言葉のかけ方。。。
濱田コーチも言葉のかけ方がうまいですが、タグ・リーコーチも後から振り返ると「ああ」と思い出すような言葉のかけ方をしていたそうです。
オーサーコーチもそういうところを引き継いでいるんですな~。
こういうのって、観察眼とコーチング能力、オリンピックの経験の有無というのが大きいと思うので、心強いです(*´∀`人 ♪
ちなみに、本田せんせは長野オリンピックが初めてのオリンピックで、ソルトレイクは2回目だから、羽生君の平昌と同じなんだな。
しかも、冬期オリンピックはメダルの獲得数が少ないので、メダル候補ともなれば、注目度も段違いになるのも当時から一緒みたいですな。
2回目だからといっても、あの4年の1度の大きな舞台では、メンタル面でコーチの役割ってとても大きいと思います。
あと、今はブイブイ言わせている日本人スケーターですが、かつては日本人、東洋人というだけで点数が出なかったんですよね。。。そういう面で、新採点方式というのは画期的だったと思います。
この方式に変わらなければ、今の日本や中国、東洋系、ハビのようなスケートが盛んではない国のスケーターの躍進はなかったでしょう。
明日以降は、羽生君の新プロへのドキドキ感が高まるので、ロシアのテススケのことは書けそうにないな~。
キャッキャッ♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪
ではでは。


Takeshi Honda 本田 武史 (JPN) – 2002 Salt Lake City, Figure Skating, Men’s Free Skate(3Axel1996様)
最後のイーグル最高!やはりいいプログラムですね~振付はローリー・ニコルです。
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コメント

  1. より:

    大ちゃんて、この話を聞くにつけ、天才肌系だよなーと思いましたwww
    現役当時「気持ちが乗っていけば…」ということをよく話していましたよね?
    根本アスリート気質というよりアーティスト気質の人なんだろうなと。
    つまりアスリート性は後天的に環境や状況によって作られただけで、根っこの部分は感覚的なアーティスト系なんじゃないかな。
    例えば大ちゃんのジャンプは、ほぼ感覚で跳んでるような気がする。それはジャンプする時に目をつぶっていることにも表れてる。
    体操の内村君が昔言ってたのは、空中でどんな体勢でひねってようが回ってようが必ず目を開いて自分の位置を確認しているとか言ってたんですよ。バレエの熊川さんも大ちゃんにジャンプする時に目を閉じてることを指摘してましたけど…
    この目をつぶってジャンプして回るって技術的にはあんまり良くないと思われるんだよな。本田先生がパワーで持っていったっていうのも、目を開いてジャンプして例え軸取りがうまくいかなくても途中で補正かけてたから「なんとか持っていけた」のだと思うんですよ。目をつぶってたら補正かける時に必ず0コンマ何秒かは遅れてしまう。だから特にクワドなんかで両足着氷が多かったのかなと。全てが怪我の後遺症のせいではなかったと思うんだよな。
    しゅいません! また変なトコに食いつちゃいましたーwww
    平昌五輪では、ゆづも本田先生のように作品を完成させたい。という気持ちでできるといいですな。
    メンタルも重要!特に五輪ではこれが一番だろうと。冷静な人間が勝つのよねー

  2. Disney 鴨 より:

    こんにちは。
    昔は、ちいこさんのご指摘通り、採点競技特有の先入観で、まず、国籍有りきでしたよね。御多分に漏れず、夏のシンクロも、五輪種目になってから、5大会は、五輪の表彰式には、星条旗と紅葉と日の丸しか上がりませんでした。
    ソルトレークシティー五輪まで、入賞すれば御の字だと言われていた日本男子がメダルを目指すきっかけとなった本田先生と中国男子のレジェンドと言われている李成江先生が、その、ソルトレークシティー五輪で、アジア男子として、初めて、男子FSの最終組に残ったあたりから、男子シングルにおける、アジア男子の立ち位置が変わって来たように思います。そして、ちいこさんもご存知のように、バンクーバー五輪で、大ちゃんが、日本男子初の銅メダルを取り、ソチ五輪では、ゆづが、日本男子初の金メダルを取っただけではなく、男子の表彰台メンバーが、アジア人とアジア系で占められました。更に言えば、入賞した男子8人の中で、欧州系は2人だけ。これら2つの事は、男子よりも、アジア人とアジア系の躍進が、早かった、女子にさえ、なかったことです。ちいこさんの仰る通り、各要素の積み重ねによる採点は、画期的で、この結果、まず、国籍有りきで採点されていた時代には、不利だった国の選手が、上位に集まることが出来たのだと思います。恐らく、平昌五輪の男子FSの最終組は、ハビ以外は、アジア人とアジア系の選手が集まりそうですが、長い間、男子FSの最終組が、全員、欧州人だったことが、信じられないという感じです。
    また、私も、ゆづが、新プログラムに、使う曲が、もうすぐ発表かと思うと、本当に、ワクワクしています。

  3. リア友K より:

    岳斗ファンだったので(笑)テケシが4回転ジャンパーとして上に上がっていくなか、怪我をして苦しむ岳斗のことをとても心を痛めながら見ていたのですが、テケシ先生も大変だったなのね。・・・でも、今の女子の活躍(濱田&田村門下生)を見ていると、自分の経験が凄く活かされていると思うの。経験に勝るものはやっぱりないんだね❤

  4. りんご より:

    本田先生のアランフェス、いいですね〜
    ありがたく拝見しました〜
    見たはずだけど、全然覚えてなかった^^;
    前にミッツの番組かな? 他のスケーターに舐められないように威嚇してた話をしてて、あんな、ぼん…柔和なお顔でまあ、と思ったんですけど、やっぱり日本人だからと舐められたらアカン、というのもあったのでしょうね。
    確かに旧採点の時は、明らかに国籍が点に影響してるでしょ、ってことがありましたね。今よりもっと不公平感があったし、あからさまだったような。
    でも、本田先生のような時代があって今があるのよね。感慨深いです。

  5. ちいこ より:

    > 大ちゃんて、この話を聞くにつけ、天才肌系だよなーと思いましたwww
    > 現役当時「気持ちが乗っていけば…」ということをよく話していましたよね?
    > 根本アスリート気質というよりアーティスト気質の人なんだろうなと。
    > つまりアスリート性は後天的に環境や状況によって作られただけで、根っこの部分は感覚的なアーティスト系なんじゃないかな。
    テケシ先生の言葉の中にも、感覚的にやっているんだろうなと思わせる部分が随所にありましたなあ。
    根本はあくまでアーティストなんだろうな、そしてアーティストは遊びとか繊細さやどこか欠けているところが芸のこやしになってたりする。。。げふん。
    >
    > 例えば大ちゃんのジャンプは、ほぼ感覚で跳んでるような気がする。それはジャンプする時に目をつぶっていることにも表れてる。
    > 体操の内村君が昔言ってたのは、空中でどんな体勢でひねってようが回ってようが必ず目を開いて自分の位置を確認しているとか言ってたんですよ。バレエの熊川さんも大ちゃんにジャンプする時に目を閉じてることを指摘してましたけど…
    > この目をつぶってジャンプして回るって技術的にはあんまり良くないと思われるんだよな。本田先生がパワーで持っていったっていうのも、目を開いてジャンプして例え軸取りがうまくいかなくても途中で補正かけてたから「なんとか持っていけた」のだと思うんですよ。目をつぶってたら補正かける時に必ず0コンマ何秒かは遅れてしまう。だから特にクワドなんかで両足着氷が多かったのかなと。全てが怪我の後遺症のせいではなかったと思うんだよな。
    そうだった!熊哲が「なんで目を閉じてジャンプするの?」と不思議がっていたよねえw
    一般人から見てもそう思うわ~。。。
    感覚でとんでいると、高難度になればなるほど、4回転時代はなかなか難しいだろうな。
    >
    > しゅいません! また変なトコに食いつちゃいましたーwww
    >
    > 平昌五輪では、ゆづも本田先生のように作品を完成させたい。という気持ちでできるといいですな。
    > メンタルも重要!特に五輪ではこれが一番だろうと。冷静な人間が勝つのよねー
    ほんとメンタル冷静にー!
    って言わなくてもわかってるわい!でしょうがww
    はにゅ君とオーサーコーチにおまかせッ。
    最後のオリンピックをああいう風に「あれで完成したので」と言えたらいいよね。。。

  6. ちいこ より:

    鴨さんこんにちは!
    いつものようにお返事が遅れましてすみません~汗。
    旧採点時代は、表彰台にのぼる選手の国籍が限られていましたよね。アメリカ、ロシア、カナダ、チェコ、イギリス?ドイツ?くらいですかね。
    佐野先生もメダルをとっていたのですが(あの時代に信じられない偉業)、その後が続かず~。
    平昌ではアジア系がハビ以外は占めるでしょうね~ネイサンもボーヤンもアジア系ですし。
    北京は、採点方法が大分変わるらしいので、どうなるかな?

  7. ちいこ より:

    そうか、Kさんは岳斗ファンだったもんね~。
    岳斗せんせも怪我で大変だったけど、テケシ先生も大変だったんだよね、色々、様々。。。
    ちなみに羽生君は仙台アイスリンクでちびっこ時代に一番かわいがってもらったのが岳斗せんせいだったそうですよ~。
    過去の経験が、今の岳斗先生を形作っているんだなあ。

  8. ちいこ より:

    テケシ先生のアランフェス、雰囲気があっていいですよね~名プロ、名演技ですな!
    ミッツ先生のスポーツ酒場でしょうかね?
    ソルトレイク前後の世界は凄かったらしいですね、練習からジャブの打ち合いww
    旧採点時代は、特にロシアとアメリカ、北米の採点のあからさまな差にわらかしてもらいましたww
    先人達が一歩一歩改善していった積み重ねがあって、今があるんですよね、感謝です。
    楽しませてもらってます♪

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